





― 喜田館長が語る「避難所の現実」と「人の力」
2025年11月4日
全国災害ボランティア議員連盟の一員として、能登半島・輪島市浦上地区を訪れました。
公民館を拠点に避難所を立ち上げ、半年以上にわたり地域を支え続けてこられたのが、名物館長・喜田館長(岸田館長)です。
その手元には、避難所運営の全記録が丁寧に残されていました。
📍 地域の概要と被害の実態
• 輪島市浦上町・桜町地区
人口:約330人(高齢化率約70%)
世帯数:160戸前後
地区内の14カ所が現在「無人」状態に。
• 地震発生:令和6年1月1日 午後4時10分ごろ
規模:M7.6/最大震度7
震源:穴水町北東42km(地下16km)
地震直後、建物倒壊や断水・停電・通信障害が発生。
最初の夜は各自の車や倉庫で過ごした方も多く、
翌日、喜田館長の判断で浦上公民館に避難所を開設しました。
「誰かが声を上げなきゃ始まらん。行政を待っていたら、命が持たん。」
🏠 ビニールハウスが命をつないだ
• 公民館は天井崩落やガラス破損で一時使用不能。
• 館長が農家のビニールハウスを活用して緊急避難所を設置。
• 3棟体制で約180人を受け入れ(ピーク時170人超)。
• 炊き出しは婦人会と住民有志が交代で実施。
• 水は山の湧き水をろ過して使用。
• 初期は「餅と味噌汁」で3日間をしのいだ。
「ビニールハウスの中で、火のそばに人が集まって泣いたり笑ったり。あの空気が、“生きよう”って力になったんや。」
🧭 運営体制と支援の実態
避難所運営期間:1月1日〜6月12日(約半年)
| 館長・区長 | 統括責任・市役所連携・運営判断 |
| 主事 | 物資受入・配布・仮設トイレ管理 |
| 保健担当 | 医療・感染対策・高齢者見守り |
| 炊き出し班 | 食事提供・配膳管理 |
| 広報担当 | 情報伝達・マスコミ対応 |
| ボランティア担当 | 支援調整・来訪者対応 |
💬 課題として浮かび上がった点
- トイレ・入浴施設の不足と衛生管理の難しさ
- 電源・照明・通信手段の不足(携帯充電は奪い合いに)
- 着替えや下着など、生活物資の偏り
- プライバシーの確保が困難(男女・家族別スペースなし)
- 感染症対策と心のケアが後手に
- 支援物資の偏在と、行政ルートとの情報断絶
「行政が見に来たのは数日後。でも、地域はもう動き出してた。“助けて”より、“どうにかする”が先やった。」
💡 避難所運営で見えた課題と教訓
1️⃣ 支援と自立のバランス
長期化により「もらい疲れ」「支援依存」も発生。
➡️ 自治的運営と外部支援の“線引き”が必要。
2️⃣ 人間関係の構築が命を支える
日頃の信頼関係・婦人会・消防団・老人会が即座に動けた。
➡️ 絆がそのまま防災力に。
3️⃣ 避難所の多様性と調整力
高齢者・障がい者・乳幼児を含む避難者のケアに個別対応が必須。
➡️ 運営体制に「福祉」「保健」「教育」分野の連携を。
4️⃣ 制度の限界と現場判断
行政からの指示が遅れ、館長が自己判断で支援受入を実施。
➡️ 「現場裁量を認める仕組み」が必要。
🌿 今、そしてこれから
喜田館長は、避難所の教訓を次のように語りました。
「結局は“人”。モノも制度も大事やけど、最後に動くのは人のつながりや。」
今も公民館は、仮設住宅の住民会や地域行事の拠点として息づいています。地域の防災計画にも、「公民館を中心にした小さなコミュニティ再生」を掲げ、“復旧”から“復興”へと舵を切り始めています。
✍️ あとがき
喜田館長の記録と語りからは、被災地の現実、そして「制度では救えない暮らしの断片」が伝わってきました。
避難所を守るとは、建物を守ることではなく、人の尊厳を守ること。その原点を、忘れずに議会の中でも伝えていきたいと思います。
支援は終わっていない。
今もなお、暮らしを立て直す日々が続いている。
